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2007年08月29日

月食・月から見た地球の姿は?

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8月28日夕刻、本州中部はあいにくの天気となったが、本州最北端青森の地では、6年振りの皆既月食を堪能することができた。
 
写真は午後7時32分の様子。地球の陰にすっぽりと入った月は、赤銅色に鈍く輝いている。なぜこんな色になるのか。月は通常、太陽からの直接光を反射して輝く。月食の際には直接光を地球に遮られてしまうため、地球大気で曲げられた太陽光に照らされる。この光は地球大気を長い距離に渡って通過した後の光なので、波長の長い赤っぽい色になっているのである。
 
逆を想像してみよう。皆既月食の最中、月から見た地球の姿はどんなであるか。地球の直径は月のおよそ4倍。月面から見える地球は、夜の側の半球で真っ暗。そこに地球大気で屈折された赤色光が、わずかではあるが届く。従って、見えるのは赤黒く縁取られた大きな黒い円、ということになりそうだ。こんな想像をしてみるのも楽しいが、実際に見た者はおらず、真相は闇の中である。
 
(小埜佳典)

2007年08月25日

聞かなくなった不快指数

猛暑で電力需要が逼迫した22日。冷房の切られた筆者の職場の気温はグングン上昇、16時に34.5℃を記録した。靴下を脱ぎだす輩まで現れたが、都会のビルやマンションは、エアコン稼動を前提に設計されたものが多いよう。ヒートアイランド現象の顕著な昨今、空調なしでは耐え難い。
 
最近、「不快指数」という言葉を聞かなくなった。代わりに登場したのが「暑さ指数(WBGT)」。不快指数は元々アメリカで考えられた指標で、真偽のほどは定かではないが、空調のない建物にあったワシントンの官公庁では昔、不快指数が大きくなると休業ということになったらしい。なかなか理にかなっているが、数字自体は70,80といった値で、日本人には直感的には少し分かりにくい。
 
一方、暑さ指数(WBGT)は日本の環境省が発表しているもので、熱中症への危険度を表す。25,30といった気温に近い数値となり、直感的に分かりやすい。不快指数が風や日射を考慮していないのに比べ、暑さ指数ではこれらの影響も考慮しており、暑さの実状をよりよく表していると言える。
 
ここのところ、閉め切った部屋での高齢者の熱中症の事故が相次いでいる。もはや快・不快という次元を超え、安全・危険という視点で考えなければならなくなった都会の夏。不快指数より暑さ指数が使われるようになった理由には、この点も挙げられるであろう。
 
ニュースによると、窓を閉め切っている理由は「物騒で開けられない」からだという。事故の背景には、近所付き合いの希薄化や治安の悪化という点もありそうだ。
(小埜佳典)

2007年08月15日

終戦の日 群馬で40.2℃

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悲しみを表す天気といえば雨。多くの人がそう考えるであろう。1945年8月15日終戦の日、今日ほどの猛暑であったかは定かではないが、様々な記録を読む限り全国的に晴天だったよう。気象庁のHPを見ると、東京の降水量は0である。
 
敗戦の日と晴天との組み合わせは、いずれの記録のおいてもごく自然に融合している。多くの国民にとって、敗戦は悲しみではなかったのであろう。戦争末期、人々は様々な「渇き」に耐えていた。渇きは真夏の晴天のイメージ。そして、今だから言えることでもあるが、戦後復興のスタートとなったこの日は、未来への希望の一日でもあった。同じく晴天のイメージにつながってゆく。
 
昼休み、都心の日比谷公園を走った。水木しげるの漫画ではないが、ジャングルを徘徊した日本兵の苦しみはすさまじかったはず。暑い夏と付随するセミの声、戦争の記憶を風化させないことに一役買っているように思う。
 
(小埜佳典)

2007年08月12日

立秋・高原に群れるトンボたち

 
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立秋を過ぎた8月10,11日、2日続けて猛暑日となった東京。暑さから逃れ山へ出掛けてみたものの、2,500mを超える北アルプスの稜線上も日当たり絶好調、想いに反して暑い。700hPaの天気図を見ると、高度3,150mで12~13℃を示しており、高所も高温となっている。
 
高度1,000mの登山口から急な坂道を登って行く。せみの声がにぎやか。日当たりの良い所にはトンボが群れている。一方、日陰にはくもの姿が多く見られた。両者の生存をかけた空中戦が、どこかで行われているに違いない。
 
高度を上げると、くもの姿は見かけなくなったが、トンボの姿は2,500mを超えてもなお健在。赤とんぼの群れは秋を思わせる。暑かった高原で感じた唯一の涼しさだった。
 
(小埜佳典)

2007年08月06日

猛暑の東京/新橋駅前は涼しい?

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サラリーマンの街、東京都港区新橋。日本で初めて汽車が走った街としても有名だが、しばらく前に駅前広場のSLの改修が終わった。きれいに塗り替えられたSLは、今にも動き出しそうである。
 
8月6日、62回目の原爆記念日を迎えたこの日、SL脇の温度計は朝9時、33℃を示していた。気象庁によると6日の東京大手町の最高気温は33.0℃。新橋界隈では、朝9時の時点で既にこの温度に達していたことになる。
 
改修と同時にSLの脇に建てられた小さな看板によると、新橋駅前広場中央の900平方メートルの保水性ブロックに、夏の間、雨水を自動的に供給するシステムがあるという。打ち水と同じ効果があり、ヒートアイランド抑制に一役買っているという。SLの「暑い」イメージとは相容れない感じだが、辺りを流れる水は、暑さに耐えるサラリーマンに、少しだけ涼しさをもたらしてくれているようだ。
 
(小埜佳典)